―本記事は情報拡散を目的に作成しています。ご紹介している文書は、各情報サイトおよび各企業様のホームページ等から引用させていただいています―

このところ米長期金利が低下しているわりに、ドル/円が堅調に推移している。米国の名目金利が低下しても、実質金利が低下していないことに原因があるのではないか。
<米長期金利低下でもドル/円堅調の理由>
米10年国債利回りは5月12日の1.695%から6月11日の1.462%へと0.233%低下した。同期間に、期待インフレ率を示す10年ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)は2.545%から2.312%へと0.233%低下しており、名目金利から期待インフレ率を差し引いた実質金利を示す10年物価連動国債利回りはマイナス0.85%で変化しなかった。つまり、最近の米名目金利の低下は、期待インフレ率の低下によるものであり、実質金利の低下によるものではない。
そして、ドル/円は5月12日、6月11日とも109.66円と、全く同じ水準だった。米名目金利が低下しても実質金利が変化していないため、ドル/円も変化していないのだ。ドル/円の動きは、米国の名目金利だけでは説明できないが、実質金利も考え合わせることで説明ができるようになる。米実質金利がドル/円を左右すると言えるだろう。
年初からを振り返ると、米実質金利(10年)は1月4日のマイナス1.08%から3月18日のマイナス0.56%へと上昇後に反落し、5月以降はマイナス0.9%からマイナス0.8%程度で推移している。
一方、ドル/円は1月上旬の102円台から3月下旬の110円台後半へと上昇した後に反落し、5月以降は108円台後半から110円台前半で推移している。米実質金利が低下したわりにドル/円は堅調に推移しているが、実質金利が上昇しない限りドル/円は110円を大幅には超えにくいとも言えそうだ。
<米実質金利を左右する金融政策見通し>
では、米実質金利が上昇するとすれば、何が原因になるのだろうか。1─3月に米実質金利が上昇した背景には、民主党政権下での財政支出拡大への期待があった。だが、コロナ対応の経済対策が一巡するとともにその期待はピークアウトし、財政要因による実質金利上昇が再び進むとは考えにくい。実質金利が上昇するとすれば、米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締めへの期待が原因になるのではないか。
米国では4月から5月にかけて期待インフレ率が高まったが、その間に実質金利は低下した。これは、市場において金融引き締め期待が高まらなかったことが一因と言える。インフレ率の高まりは一時的との見方が強いため、FRBが金融緩和を解除して引き締めに向かう時期を早めることはないとの見方が大勢を占めていたからだ。
5月12日に発表された4月米消費者物価(CPI)が市場予想を大幅に上回った直後に期待インフレ率はピークをつけ、その後は低下に転じた。5月CPIも市場予想を上回ったが、前月比上昇率が縮小したこともあり、期待インフレ率は低下基調を続けた。供給制約と需要回復が重なったインフレの高まりは、一時的との見方が強まったのだろう。その一方で、実質金利が底堅く推移したのは、金融引き締め期待が一因と考えられる。
<量的緩和縮小だけでは進みにくい米金利上昇>
5月下旬、クラリダFRB副議長が量的緩和縮小(テーパリング)の開始は今後数回の会合で協議可能と述べ、クオールズFRB副議長が緩和縮小議論を始める用意があると述べたことが影響し、金融引き締め期待が高まった。2023年12月限のフェデラル・ファンド(FF)先物金利は、5月25日の0.44%から6月3日の0.66%へと上昇した。6月16日に発表される米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者のFF金利見通しが上方修正されて、2023年の利上げを予想する者が多数派となれば、市場の利上げ期待が一段と高まる可能性はある。
ただ、量的緩和縮小の議論が始まり、緩和縮小開始が近いとの見方が強まるだけでは、利上げ期待の高まりや実質金利の上昇は限定的になる可能性が高い。なぜなら、過去の量的緩和(QE1─3)局面では、FRBの買入証券残高の増加ペースが上がるときに米長期金利が上昇し、増加ペースが下がるときに長期金利が低下する傾向があるからだ。これは、量的緩和の拡大局面では景気回復期待が強まりやすく、量的緩和の縮小局面では景気回復期待が弱まりやすいことを反映していると思われる。
なお、2013年5月には当時のバーナンキFRB議長が量的緩和縮小を示唆したことから、米長期金利が大幅上昇した(テーパ―・タントラム)。FRBが量的緩和(QE3)を実施しても米長期金利の上昇が小幅にとどまっていたところに、市場予想より早いタイミングで量的緩和縮小が示唆されたために、債券売りが誘発された。
ただ、2014年1月に量的緩和縮小が始まると、米長期金利は低下に向かった。それでも2014年後半にドル/円が上昇したのは、日銀の量的緩和拡大がドル高・円安に作用したほか、欧州中央銀行(ECB)の追加利下げがドル高・ユーロ安に作用したためである。
<米景気回復持続で110円超えのドル高進行か>
こうしたことから、量的緩和縮小への期待が高まるだけでなく、利上げへの期待も高まるか否かが、米実質金利とドル/円の動きを左右すると考えられる。
今後、次第に供給制約が薄れても、需要の伸びが高めであれば、米国のインフレ率や期待インフレ率はFRBの物価目標である2%を超えて推移するだろう。そうなると、FRBは量的緩和を縮小するだけでなく、利上げを行う必要性が高いと考えるようになると予想される。
結局のところ、米国の景気動向がインフレや金融政策の見通しと実質金利を通じて、ドル/円を左右すると考えられる。米景気指標が市場予想を上回るケースが増えれば、インフレ持続期待と利上げ期待が高まり、米実質金利とドル/円が上昇しやすくなるだろう。今後、コロナ禍の悪影響が薄れる中で、米国経済が潜在成長以上の成長を続けるとの期待が強まることにより、ドル/円が110円を超えて上昇する可能性が高まるのではないか。